こんにちわでございまする。

年末は飲み会ばかりだった。
ゲームしたら一等賞とか二等賞当たったり、なんか最後の最後に運を搾り出したみたいですね。

生年月日とかの占いで、アニメの主人公だったり、(いい意味で)いつも内容が同じだったり、なんか自惚れそうだったぜ。みたいな(゚ -゚*)

飲み会行ってさ。その後帰るじゃない。
まあ朝帰りとかもあったんだけども。
というか人がウチに泊まった時に、俺だけ布団なしだったし(´゚ω゚`)
多分そのせいもあって、風邪ひいたかなあぁぁぁぁ。

水溶性ビタミンって、摂って効くのだろうか・・・。レモンまるかじりしよっかな。
でも油溶性ビタミンはもっと微妙な気がする。

道理で朝起きた時なんか違和感あったわけだわ。もう・・・。
なんだっけ。お隣さん曰く、治すには、ネギをケツにぶっさすんだっけ?




正月はまったり寝込みますか。
年賀状出さなきゃ・・・。

こんにちわ。遡螺です。
飲み会から帰ってきて、ちょっと吐きそうになって、「コーヒーでも飲んでおくか」と。
レンジでチンじゃなくて、やかんで沸騰させたお湯を使って粉コーヒー作成。
キッチンから移動して、こたつの場所まで歩く。

ずるっ。

(酔っていて)コードに足引っ掛けてバランスを崩す俺。
ばしゃーっ。

被害が出たもの報告
手・・・火傷
別付けキーボード
こたつ布団
外付けHDD
外付けマウス
時計
PS2コントローラー
灰皿
ケータイ

むちゃくちゃかかりまくった。
手は「熱い」とかいうより、「痛い」感じ。さすが熱湯。

前はノートPC開きっぱなしでおにぎり食べていて、おにぎりをラーメンの中に落として本体キーボードとディスプレイがギトギトになったな。
確か黒ゴマ坦々麺(笑)


さて。
魂魄ちゃんのブログで「好きな食べ物」について触れている部分があったので、インスパイアされて考えたことを書いてみます。

俺は甘い物が好きだから、それを例えに挙げようかな。

シュークリームとチーズケーキが好きです。
じゃあ人に「どっちが好き?」と聞かれた場合、ちょっと困ります。
なぜかというと、「どっちも好き」だからです。
ここで「両方100%で好き」と答えるのは、厳密に言うと間違いになってしまいます。どちらか片方しか選べない状況ですから。

それに、どっちかが劣っているはずなんです。
極めて厳密に言えば、確実にそうなります。
だって、二つの物、つまり別物なのだから。
「チーズケーキとレアチーズケーキ」で比べてみても、やはり種類(分類)は同じでも、別物には変わりありません。

好みが自分の中で分かれるというのはごく当たり前のことです。
好きな人のタイプだったり、音楽だったり、本だったり、髪型や服装だったり。
音楽なら「○系」という分類は好きでも、アーティストによって位が変わるように。


ケーキで思い出しました。
一年には数回、イベントがあります。
バレンタインは、ある人がチョコの売り上げを伸ばすにはどうしたらいいかということから生まれた日になります。まあ有名な話ですがうろ覚えです。
ちなみに中国の正月では「餃子」を食べます。「交」という部分が去年と今年を繋ぐ意味を持っていて、だったかな。
どちらも中学生の時に読んだ本からの記憶なので、非常に曖昧。

誕生日にはケーキを食べたりする人が多いかと思われます。
では何故祝ったりするのか。
生まれた日だから、とか。今もこうして生きているから、とか。慣習として、とか。
理由までは別に問わず。
さて、「生まれた」という事実がある以上、「これから死ぬ」という事実も未来にありますね。
それはあと一秒後かもしれませんし、五十年後かもしれません。ですが、確実にありますよね。

自分が生まれたことは一回。死ぬことも一回。
ややこしい医学のことは全く詳しくないので、「死ぬ=心臓停止」としておきます。
これだけを見ると、一回ずつで公平に思えます。
あと、死後の世界とか、そういうものは信じない人間です。
「死んだ後は質量0になって、質量保存の法則の輪から逃れることが出来る」とかそんなことは全く思わないです。
で。
「生まれたこと」は一回で、「死ぬこと」も一回なのはいいとします。
でも「生きていること」は継続の事象です。
点と線(有名なあの作品ではなく)のイメージですかね。
死んだことを二回体験できるということは、まずありえません。
そして生まれることも同様に。

それはある種特別なことなんです。
なんせ、一生のうち一回なんです。

誕生日とか、年明けとか、バレンタインとか、クリスマスとか、何度か体験できることがあるかもしれません。
それは個々によって異なるので、絶対とは言いません。
だから、というわけではないですが、高校に合格したり、大学に合格したり、それは自分の一生のうちで一回限りの出来事という可能性も高いわけです。
俺には毎年来るイベントよりも、そっちのほうがハイランクで喜ぶべきことのように思えます。
こういうのも個人差があると思いますが。

うん。前の記事を読み返して、全然違うことに気付きました。自分にツッコミ。
こんばんわ遡螺です。
この冬、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

あの記事は、上塗りの言葉の一つとして残しておきましょう。

さて、今日は心理学と哲学と倫理学を少し踏まえた感じのお話をします。
とか先に書いちゃって、そんな大層なものでもなく、しかも全く関係ないことに気付きました。

一つの円を想像してください。できれば地球サイズがいいです。
はい、内側に無限大に同じように円を作っていってください。
正確に言えば無限ではないのですが、限りなく無限に作れるはずです。

*黄金長方形の話じゃないですよ。

色を分けましょう。
一番外側が赤でいいですね。内側は青でいいです。
赤と青が常に交互に円を描いて収束していく形にしてください。

俺が言っているイメージと言語化は赤と青です。
どちらが外側(赤)でもいいです。

結局、くっついている存在なのに、円だから不可侵領域を保っていたりします。
でも、時には歪みます。歪曲して融合している部分があったりします。
不定形な円はいずれ他の箇所に影響を出すかもしれません。
イメージ先行型の自分には、赤が外側になり一つのイメージは常に浮遊してしまって、言語化はそれに伴って起きる副産物になり、青の言語が日によって違ってしまうことが多々あります。

語彙/語録が一般人に比べてそれほど豊富ではないはずなので、表現が困難だったりします。
一生小説家とかにはなれないと思います、ええ。

関係ないけれど、小説家って凄いな。一度訪問して学んでみたいな。


木があります。リンゴが一個あります。
あなたは何を思いますか?
十個あります。
あなたは何を思いますか?

十人十色、ですかね。一つの決定された事実を目の前にしても、人間は別々の事を考えたりします。

でも言語には強制力があります。ある程度ですが。
俺がここでAさんに「好き」だと言ったとしましょう。あえてブログの記事として。
Aさんは何かしら思うはずです。というか思ってくれないと立場ないので思ってください。
第三者「1」・・・『     。』
第三者「2」・・・『     。』
第三者「3」・・・『     。』
第三者「n」・・・『     。』
と、まあこういう風に何かしら考えるかもしれません。
不思議なんですよ。明らかにAさんと、それ以外の人にとって、効果が違いますから。
いや・・・当然だと言われればそれまでなんですが。



人間を判断するときに、稀にイメージングすることは、色と明るさと形と大きさです。
まあ、大抵の場合は円・・・というか球体なんですけれどね。
赤●・・・情熱的
青●・・・クール
橙●・・・明るい
とか、よくある判断でいいんですけど。
これはイメージついでの雑談です。関係なかったりします(笑)



こんな自分なので、人工物の美しさよりも、絵画であったり風景であったり、ただの笑顔であったり、そういったものに強く心を動かされることも多々あります。
「流れているもの」のほうが好きなのかもしれませんね。
でも涙を流すような感動する話は、フィクションでもノンフィクションでも、アニメでも映画でも、小説でも漫画でも、種類は問わず。

「音」とかいうただの空気の振動にすら感動します。

風景は・・・そうですねえ・・・。じっくり見るより、歩きながらふと見えた星空とか。
電車から見えた紅葉とか。
そんなものでも、いいかなって。

人工物でも、イルミネーションはやっぱり感動しますね。
LEDとかで人間一人を感動させられるのって、なんだか「偉業だなぁ」って。


箴言集とか読んでもコケットリーとか、そんな言葉が多くて、コケコケ言ってなんぞ?
納得できるものもあるけれど、やっぱり人の考えをそのまま受け入れるってのは、人間としてどうかと思うのです。
無論、租借してから飲み込むなら全然問題は無いですよ。




あー、色々あった日曜日だった Σd(゚ -゚*)

「寒いね」と呟いて。
今年も、もうすぐ終わりですね。

色々あった。本当に変わってしまった。

一年で自分が変わった。考え方も。物の見方も。言葉さえも。
キッカケというものはそこらにあるけれど、大きいのが2月、4月、6月、8月かな。
(二ヶ月毎っすか!!)
2月から少し変わって、4月に少しだけ・・・また変わって。

一年の前半は嫌なことが多かったかな。
どうしようもなくて、どうにもならなくて、どうにも出来ない自分もいて。
まぁ、そんな自分にちょっとムカついてさ(笑)

凄いことなんて出来ない。出来ない。
諦めているわけじゃない。実感しているだけ。
投げ出しているわけじゃない。痛感しているだけ。
だから出来ることが、たとえ小さいことでも別にいいと思う。
でも、上は見る。見ないと自分が腐る。

ここ三日でまた少し変わってしまった。
多分いいことだと思う。いや、きっとそうかな。






引退についてメールが来て、改めて俺の言葉としてここに記したいと思った。